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東京地方裁判所 昭和51年(ワ)4151号 判決

原告 赤木一雄 外三〇名

被告 東都自動車株式会社

主文

一  被告は原告らに対し、それぞれ別表(三)「カツト額」欄記載の金員及びこれに対する昭和五一年四月二三日から支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は一五分し、その一を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。

四  この判決は、原告ら勝訴の部分に限り仮りに執行することができる。

事実

第一申立

一  原告ら

1  被告は原告らに対し、それぞれ別表(二)の1中「原告の主張」の「請求額(カツト額)」欄記載の金員及びこれに対する昭和五一年四月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を求める。

二  被告

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求める。

第二主張

一  原告

1  原告らは、被告によつて府中自動車教習所(以下「府中教習所」という。)の技能指導員として雇用されているものであつて、約定された月額賃金は、いずれも別表(一)記載のとおりであり、その一時間当りの賃金額は、いずれも別表(二)の1中の「一時間当りの賃金」欄記載のとおりである。

2(一)  原告らを含む府中教習所に勤務する被告の従業員をもつて組織されている府中教習所労働組合は、昭和五〇年度年末一時金要求のため、同年一一月二五日から一二月一一日までの間合計二四回の時限ストライキを実施したが、このうち、

(1) 一二月六日は、午前一一時五〇分及び午後三時五〇分からの二回にわたり各回一〇分ずつ合計二〇分間

(2) 一二月一〇日は、午前九時五〇分、午前一一時五〇分、午後一時五〇分及び午後三時五〇分からの四回にわたり各回一〇分ずつ合計四〇分間

(3) 一二月一一日は、午前九時五〇分、午前一〇時五〇分、午前一一時五〇分、午後一時五〇分及び午後三時五〇分からの五回にわたり各回一〇分ずつ合計五〇分間

のストライキ(以下、これら各回のストライキを「ミニ・スト」という。)を行つた。

(二)  そして、原告林桂太郎は、右の(2)及び(3)の合計一時間三〇分のミニ・ストに、原告岩根強一、同小島健治及び同菅利寿は、右の(1)及び(3)の合計一時間一〇分のミニ・ストに、原告武田貞雄は、右の(1)及び(2)の合計一時間のミニ・ストにのみ参加し、その余の原告らは、右の(1)ないし(3)の合計一時間五〇分のミニ・ストに参加したが、原告らは右ミニ・スト参加時間以外は、本件雇用契約の本旨に従つて自動車運転技能教習指導の業務に従事した。

3  ところが被告は、原告らの本件ミニ・スト参加による賃金控除の対象時間は、右ミニ・スト参加一回につきそれぞれ一時間であり、別表(二)の1中「被告の主張」の「カツト対象時間」欄記載の時間になるものとして、原告らに支払うべき同年一二月分の賃金(その計算期間は、一一月二〇日から一二月一九日まで)のうち、右時間分の賃金に相当する同表中「被告の主張」の「カツト額」欄記載の金員を支払わない。

4  被告が原告らの本件ミニ・スト参加を理由とする以上、原告らは、2項(二)記載の本件ミニ・スト参加時間以上の時間分の賃金を控除されるいわれがなく、原告らは被告に対し、別表(二)の1の「原告の主張」欄記載の計算により、同表中「被告の主張」の「カツト対象時間」欄記載の各時間から「原告の主張」の「カツト対象時間」欄記載の時間を控除した時間の労働の対価として、同表中「請求額(過剰カツト額)」欄記載の賃金の支払を請求し得る権利がある。

5  よつて、原告らは被告に対し、別表(二)の1中の右「請求額(過剰カツト額)」欄記載の金員及びこれに対する本訴状送達の翌日である昭和五一年四月二三日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告

1  (請求の原因に対する認否)

(一) 1項は認める。

(二) 2項については、(一)のうち、ミニ・ストの実施時間が各回一〇分間であつたこと、(二)のうち、原告らのミニ・スト参加時間の合計がその主張のとおりであつたこと及び原告らがミニ・スト参加時間以外の時間につき、その主張のように本件雇用契約の本旨に従つて労務を提供したこと、以上の事実は否認し、その余の事実は認める。

(三) 3項は認める。

(四) 4項については、本件ミニ・スト参加による賃金控除の対象時間が原告ら主張のとおりであると仮定した場合における賃金の計算関係と過剰カツト額が別表(二)の1「原告らの主張」欄記載のとおりとなることは認め、その余は争う。

2  (原告らの債務不履行)

(一) 被告は、府中教習所における原告ら指導員の勤務体制を、午前八時から午後四時三〇分までのA勤務と午前九時から午後五時三五分までのB勤務とに区分し、各勤務ともその就業時間内に六〇分をもつて一時限とする教習生に対する自動車運転の指導(以下、この一時限の指導を「単位教習」という。)を七回行うように定めている。そして、被告は、単位教習時間六〇分について、最初の五分間を教習簿と教習生との突合、教習進度及び引継事項の確認等の準備時間(以下、これを「導入」という。)に、これにつぐ五〇分間を実指導に、最後の五分間を教習後の講評、次回教習のための引継事項の整理等の準備時間(以下、これを「講評」という。)に充てることとし、原告ら指導員に対しては、右に従つた教習を行うようあらかじめ指示している。

(二)(1) 本件ミニ・ストは、いずれも右の実指導の最後の一〇分間及びこれにつぐ講評の五分間を含む約一五分間につき行われたものであるが、被告が教習生から教習の対価として収受する授業料は、単位教習ごとに計算され、単位教習が中断した場合には、その教習に対する授業料の全部を請求することができないこととなつている。

(2) もつとも、道交法に基づく「指定自動車教習所等の教習業務運営指針」(昭和四八年三月三一日警視庁交通部長の東京指定自動車教習所協会長、各指定自動車教習所長等あて通知、以下「教習業務運営指針」という。)四〇条は、「指導員の急病その他やむを得ない事情」により当該指導員による教習が中断した場合に、他の指導員による補足教習を認めているので、補足教習が行われた場合には、例外として、これと前記の中断された教習を合わせた授業料を収受することができることになつているのであるが、ストライキは、右規定にいう「やむを得ない事情」に当らないし、仮に当るとしても、当時府中教習所には、本件ミニ・ストのごとく一時に大量の教習中断が生じた場合、直ちにこれに対応してその補足教習を行うに必要かつ充分な他の指導員もいなかつたし、その一部につき補足教習を行うにしても、中断前の教習内容、進度等が補足教習を行う指導員に引継がれなければ、補足教習を行うことができない理であるが、本件の場合はストライキによる職場離脱であつたため、右の引継もなされず、補足教習ができる筈がなかつたし、更に、補足教習を他の通常の教習時間帯で行うとすれば、別の単位教習時間をこれに割当ることになるのであるが、その結果、被告は、その単位教習時間の教習によつて授業料を収受することができず、二個の単位教習時間を費して一個の単位教習分の授業料しか収受できないことになるし、また通常の教習時間以外の時間に補足教習を行おうとしても、当時原告らを含む府中教習所労組員は残業を拒否していたため、その実施もできず、争議解決後に補足教習を行おうとしても、教習生は、次の単位教習時間に補足されるべき教習内容を通常の教習として履習してしまうのであつて、そのときは補足教習の対象自体が存在しなくなつてしまうのである。のみならず、本件ミニ・ストによつて中断された単位教習の総数は約三〇〇件にものぼるのであつて、これを次回以降の教習時間にくり延べ、補足教習のための時間を設けることは、教習時間の変更として道交法施行規則三六条の定めるところにより公安委員会に届出を要するばかりでなく、次回教習までに補足教習を受ける教習生及び教習に当る指導員全員の了解をとりつけなければならず、結局右の方法による補足教習も到底実現しうるものではなかつたのである。

以上のような次第で、被告は、本件ミニ・ストによつて中断された単位教習については、いずれも補足教習を行い得ず、結局、右ミニ・ストの行われた単位教習全部に対する授業料を収受することができなかつたのである。

(3) 原告らは、本件ミニ・ストによつて被告につき右のような結果が発生せしめられるであろうことをあらかじめ知悉しながら、その当初から本件ミニ・ストによつて被告の当該単位教習についての授業料請求権の全部を喪失させ当該単位教習時間全体を被告にとつて無価値たらしめ、自らはミニ・スト参加時間以上の賃金カツトを免れる目的意図のもとに、被告が事前にこれを覚知して対抗手段を講ずる余地のない方法によつて本件ミニ・ストを実施し、その結果現実にも右教習を無価値たらしめたものであつて、右の原告らの目的意図及びそれによつて実現された結果から見れば、本件ミニ・ストは、被告の単位教習時間全体に対する経営指揮、運営機能を全面的に排除すると同時に、意識的に廃品を生ぜしめ又は機械を破壊することを目的として行われる講学上のいわゆる積極的サボタージユに該当するものであるから当該単位教習時間中原告らのミニ・スト参加時間以外の時間の約四五分間についてはその外形上就労類似の現象が見られるが、以上において述べたところから見れば、それは就労の仮装にすぎないのであつて、法律的には無価値であり、本件雇用契約の本旨に従つた債務の履行となるものではない。従つて被告は原告らに対し本件ミニ・ストの行われた単位教習時間分全部の賃金を支払う義務はない。

(三) 原告らが本件ミニ・スト参加時間以外の時間につき就労したとしても

(1) 原告ら指導員については前記(一)の勤務体制が採用されているのであるから、原告らが被告の指示にしたがい導入、実指導及び講評等のすべてを完了してはじめて当該単位教習に関する債務を履行したことになるものというべきところ、原告らは、当該単位教習時間中実教習の最後の一〇分間及びこれにつぐ講評等の五分間を含む約一五分間につき本件ミニ・ストを実施したのであるから、当該単位教習時間中のミニ・スト参加時間以外の時間についても債務を履行したことにはならない。

(2) そして被告は、現に、原告ら指導員の遅刻、早退によつて単位教習時間の一部に不就労があつた場合、たとえその不就労が数分間であつても、右の観点からこれを当該単位教習時間全体に関する六〇分間の債務不履行として扱つているものであつて、本件の場合も同様に扱われるべきであるから、被告は本件ミニ・ストの行われた単位教習時間全体についての賃金を支払う義務はない。

(四) 被告は、原告らの就労一時間当りの賃金を、月額賃金を月間労働日数二六日、一日の労働時間七・五時間の割合をもつて算出しているのであり、その内訳は別表(二)の2記載のとおりであつて、原告らがミニ・ストを行つた当該単位教習時間の賃金の合計は、別表(二)の1中の「被告の主張」の「カツト額」欄記載のとおりであり、この計算によつて賃金を支払わなかつた被告には、何ら責められるべき点はない。

三  原告ら(被告の積極的主張に対する認否並びに反論)

1  (一)については、単位教習時間が六〇分間であること、被告主張の導入、講評のための準備時間が就労時間であることをのぞくその余の事実は認める。単位教習時間は、被告のいう実指導五〇分間のみであり、右の準備時間一〇分間は休憩時間である。

2  (二)については、(1)のうち、本件ミニ・ストがいずれも実指導の最後の一〇分間につき実施されたこと、被告が教習生から収受する授業料が単位教習ごとに計算されること、(2)のうち、教習業務運営指針に被告主張の規定があること、以上の事実は認め、その余はすべて争う。

ストライキの実施は、労働者の正当な権利行使であつて、使用者は労働者に就業を命じ得ないのであるから、ストライキによる単位教習の中断は、教習業務運営指針四〇条にいう「やむを得ない事情」に該当する典型的な場合であり、被告は、同条の定めるところにより、本件ミニ・ストの行われたことにより生じた不足時間を補足教習により補うことができたのである。被告は、右の補足教習を行い得なかつた事情として、まず、大量の教習中断が生じたことによる指導員の不足及び補足教習の前提となるべき引継の欠如をいうが、前者については、仮にそうであつたにせよ、それは府中教習所労組の組織率が高かつたことの事実上の効果であるし、後者については、被告が補足教習を行わなかつたので、原告らは引継しようにもその機会が与えられなかつたにすぎないのであつて、これらはいずれも被告が補足教習を行い得なかつたことの理由とはならない。そのほか被告は、補足教習の時間をとることができなかつた事情を種々主張するけれども、所詮、それは予定されている教習時間につき、その実施時刻を固定不動のものとする誤つた前提に立つものであり、現実の問題としても、本件ミニ・ストの実施された教習時間の次回以降の教習時間を適宜繰延べることにより補足教習を行う時間を挿入することに何らの困難はなかつたのである。なお、右につき被告は、道交法施行規則三六条による届出に言及するが、右の届出を要するのは教習時間の恒常的変更についてであり、臨時的変更又は教習時刻の若干の変更まで含むとは解されないし、届出を要するにしても事後の届出でこと足りるのであるから、それが補足教習のための時間の設定の支障になるとはいえないし、被告主張のように多数の教習生、指導員がいたとしても、右のように教習実施時刻をくり延べることの支障にはならない。

被告は、本件ミニ・ストによつて、所期の授業料収入が喪失せしめられたと主張するけれども、それは、被告がその主張の勤務体制を採用していることから必然的に生じた結果にほかならないのであつて、労働組合がストライキの時期及び時間について選択の自由を有する以上、ストライキの結果被告が所期の生産効果をおさめることができなかつたとしても、被告がこれを云々することは許されるものではない。

最後に、被告は、本件ミニ・ストの行われた単位教習時間中のストライキ実施時間以外の原告らの就労を仮装であると主張するが、原告らは、いずれもストライキ指令が発せられるまでは本件ミニ・ストが行われること自体を知らなかつたのであるから右の就労が仮装でありうる筈がないし、また本件のミニ・ストを行つたことにより、遡つて当該の単位教習時間の当初から被告の単位教習に対する管理や指揮命令を排除したことになるなどがあり得ないことも理の当然であり、原告らは、いずれも本件ミニ・ストの直前まで本件雇用契約の本旨に従つた労務の提供を継続したのであるから、これに対する賃金請求権を失う筈がない。

3  (三)は争う。雇用契約上労働者が使用者に対して負担する債務は、労働者が所定の時刻にその労働力を使用者の処分権下に移し、かつその状態を一定時間維持することであり、賃金は、その対価であつて、すでに述べたように原告らは、当該の単位教習時間のうち本件ミニ・ストの行われた時間以外の時間については、その労働力を被告の処分に委ねていたのであるから、この対価としての賃金を被告に請求しうるのは当然であつて、それは被告の定めた勤務体制のいかんにかかわるものではない。被告の主張するところは、要するに原告らの本件ミニ・ストによつて所期の生産効果を得られなかつたため、右の賃金の支払を拒否するというに尽きるのであるが、それが被告の賃金債務を免れさせる理由となり得ないことは当然であつて、右賃金債務を免れるためには適法なロツク・アウトにより原告らが提供した労務の受領を拒絶すべきだつたのであり、それによらずに労務を受領している以上原告らに対する賃金債務を免れるものではない。

4  原告らの一時間当りの賃金が被告主張のとおり計算されていること、右一時間当りの賃金の内訳及び本件ミニ・スト参加一回につき一時間の欠務があつたものとして計算した場合における原告らに対する賃金カツト額が別表(二)の1記載の額になることは認め、その余は争う。

第三証拠関係〈省略〉

理由

一  (雇用関係)請求の原因1項は、当事者間に争いがない。

二  (原告ら技能指導員の勤務体制及び本件ミニ・ストを理由とする賃金カット)

1  原告ら技能指導員の勤務体制が、午前八時から午後四時三〇分までのA勤務と午前九時から午後五時三五分までのB勤務とに区別され、各勤務とも、一時限が五〇分間であるか六〇分間であるかは別として、就業時間中七回の単位教習を行うものとされていることは当事者間に争いがなく、この事実といずれもその成立に争いがない乙第二号証ないし第四号証と坪田証人の証言並びに遠藤本人尋問の結果の一部と弁論の全趣旨を総合すれば、府中教習所は、道交法九八条所定の指定自動車教習所であるが同法施行規則三三条一項が同法施行令三五条五項一号所定の指定自動車教習所における技能教習等の教習時間の基準を一教習時限につき五〇分とする旨定め、これに基づく「教習業務運営指針」が右「五〇分間の実質教習時間を確保するため導入、講評は準備時間に行わなければならない。」とし、被告の加入する東京指定自動車教習所協会制定の「技能教習計画及び実施要領」が、右の準備時間として、実指導と次の実指導との間に一〇分間を設けるものとしているため、被告は、前記原告らの勤務時間を別表(四)記載のとおり、六〇分間ずつに区切り、この区切られた時間に一回の単位教習を行うものとし、単位教習時間は、開始時から五分間を導入、これにつぐ五〇分間を実指導、最後の五分間を講評に充てるものとして教習ダイヤを編成し、各単位教習時間の開始及び終了時、導入から実指導及び実指導から講評への移行時にはチヤイムを鳴らし、これを原告ら技能指導員に周知徹底させていたことが認められる。遠藤本人は、右のように教習ダイヤが編成されていることを知らなかつた旨供述するが、この供述は、以上の認定事実に照らして、そのまま採用できない。

2  請求の原因2項については、本件各ミニ・ストの実施時間、原告らの右ミニ・スト参加時間の合計時間をのぞき当事者間に争いがなく、また請求の原因3項は当事者間に争いがない。原告らは、本件ミニ・ストの実施時間は各回一〇分間であるとするに対して、被告は、各回約一五分間であるとしてこれを争うのでこの点について見るに、本件ミニ・ストの開始時間が午前九時五〇分(一二月一〇日及び一一日)、午前一〇時五〇分(一二月一一日)、午前一一時五〇分(一二月六日、一〇日及び一一日)、午後一時五〇分(一二月一〇日及び一一日)及び午後三時五〇分(一二月六日、一〇日及び一一日)であつたことは当事者間に争いがなく、これを前記認定の府中教習所の教習ダイヤに照らして考えると、右のストライキ時間の争いは、結局講評の五分間がストライキ時間に含まれるか否かの争いに帰するので、進んでこの点について見るに、原本の存在に争いがなく弁論の全趣旨によつてその成立を認める甲第一〇号証には、昭和四七年一一月一〇日に警察庁交通局免許課長らが右交通局の見解として、前記一〇分間の準備時間は休憩時間である旨の見解を公表した旨の記載があるが、前記乙第三号証によれば「教習業務運営指針」は、その後の昭和四八年四月一日から実施されたものであることが認められ、この事実と弁論の全趣旨によつて成立を認める乙第一二号証の記載によつて認めうる事実と右甲第一〇号証の記載を対比すれば、同号証の記載はそのまま採用することができないし、また坪田証人の証言並びに遠藤本人尋問の結果と弁論の全趣旨を総合すれば、本件ミニ・スト当時、実指導終了のチヤイムが鳴る直前に講評を済ませた技能指導員が教習用車両から降りて休憩室に引あげ、次教習開始までの五分間の全部又は一部を用便、喫煙その他小休止に充てていたことが認められるが、これを前記1の事実に基いて考えて見ると、原告ら技能指導員が右のように私用を弁するためその他に講評の時間の全部又は一部を使用することが事実上被告によつて黙認されていたにすぎないものと解されるのであつて、講評の時間を原告らが主張するように休憩時間と認めるのは相当ではない。そうして見ると、本件ミニ・ストの実施時間は、各回とも実指導中の一〇分間及びこれにつぐ講評の五分間を含む約一五分間であつたというべきであり、他に以上の認定を覆し、右の原告の主張事実を肯認するに足る証拠はない。

三  (本件賃金カツトの正当性について)

1  被告は、本件ミニ・ストの行われた単位教習時間中のストライキ時間をのぞくその余の時間における原告らの就労は仮装であるとして、争うので、この点から判断する。

(一)  まず、府中教習所労組が争議手段として本件ミニ・ストを選択するにいたつた契機について見るに「教習業務運営指針」四〇条が、指導員の急病その他やむを得ない事情により当該指導員による教習が中断した場合、他の指導員による補足教習を認めていることは当事者間に争いがなく、この事実と前記乙第三、四号証、坪田証人の証言及び遠藤本人尋問の結果と弁論の全趣旨を総合すれば、前記のように道交法施行令三五条五項及びこれに基づく同法施行規則三三条一項が指定自動車教習所における教習時間及び教習時限についての基準を定めている関係上、被告は、実指導が中断された場合においては、教習生に対し、その単位教習に対する授業料の請求をすることができないのが原則であつて、例外として、教習業務運営指針が、右のように教習が中断された場合につき、爾後その教習の残された教習時間及び教習内容が補足されたときに限り、その教習を法定の一時限の教習として取扱う旨及び右の補足教習の時期については、道交法施行規則三三条三項一号トの制限時間をこえない限り、日時を改めて実施することができる旨規定しているため、右の補足教習が実施されれば、当該単位教習に対する授業料を請求しうるものであること、本件ミニ・ストの行われた単位教習の場合も、それを教習生に対する関係において、道交法施行規則三三条一項所定の一時限の教習を後記のように一人の指導員によつて結了させられなかつたとの観点に立つ限りにおいては、ストライキが教習業務運営指針四〇条所定の「やむを得ない事情」に当らないと解すべき根拠はないのであるから、被告が同条に従つた補足教習を行えば当該単位教習に対する授業料を請求することも可能であつたというべきであるが、被告が本件ミニ・ストの行われた単位教習につき補足教習を行う場合、これを通常の時間帯で行えば、府中教習所においては前記(別表(四))のとおりの教習ダイヤを設定している関係上、被告が主張(二、2、(二))するとおり二つの単位教習分の時間を費して一つの単位教習分の授業料しか収受し得ないことも起りうるし、また本件ミニ・ストによつて発生させられた教習中断は延三〇〇件以上にものぼつた等のこともあつたため、被告は本件ミニ・ストによつて中断された単位教習のすべてについて補足教習を行わず、その結果当該単位教習に対する授業料を喪失するにいたつたこと、府中教習所労組は、本件各回のミニ・ストを実施すれば、以上のような結果が発生するのであろうことをあらかじめ充分に計算に入れたうえで、しかも長時間にわたるストライキを実施してその間の賃金を失うよりも本件ミニ・ストによることが組合員の被害がすくなく、効果的であると判断して本件ミニ・ストを実施したものであること、以上の事実が認められる。この事実によれば、府中教習所労組員である原告らも、本件ミニ・ストを行うことによつて、当該単位教習時間のうち、ストライキ実施時間をこえる時間分の賃金請求権を失うことなしに単位教習時間の全部についてストライキを行つたと全く同一の効果をおさめることを企図して本件各回のミニ・ストに参加したものと認めるのが相当であつて、遠藤本人尋問の結果中この認定に反する部分は到底そのまま採用しうるものではない。

(二)  原告らが本件ミニ・ストの行われた単位教習時間のうち、ストライキ時間をこえる時間(導入及び実指導中の四〇分間を含む約四五分間)につき、教習生に対する自動車運転指導に従事したことは、弁論の全趣旨によつてこれを認めるに充分である。被告は、右の中断された単位教習につき補足教習を行い得ず、その結果当該単位教習に対する授業料を喪失したことを理由に、当該の単位教習が無価値となつた旨主張するのであるが、本件の場合、前記のように延三〇〇件以上に及ぶ教習中断のうち、その限られた一部についてすら補足教習を行うことができなかつたことを認めるに足る資料は存在しないのであるし、一般的かつ抽象的にでもあれ、被告において補足教習を実施しうる可能性がある限り、中断された単位教習をすべて全く無価値とすることができないのは当然であり、前記のように補足教習の実施方法いかんによつては、中断された単位教習分の授業料請求権を回復しても、他方において補足教習に使用した単位教習分の授業料を喪失する事態が発生することがあつたにせよ、そのような事態は、指導員の急病により教習が中断された場合にも起りうることであつて、これをストライキの場合における特有の現象として評価することはできない。そして、原告らが本件ミニ・ストの行われた単位教習時間中の約四五分間につき教習生に対する自動車運転指導に従事したことは前記のとおりであり、他に反証のない事件にあつては、原告らの内心的意図はどうあれ、客観的には、前記のように被告が設定した教習ダイヤに基づく単位教習の一部を実現するために労務の提供をしたものと認めるべきであるから、これを全く無価値とする被告の主張は、他の点の判断をするまでもなく採用の限りではない。

2  次に被告は、原告らが所定のとおり導入、実指導及び講評が完了しない限り債務を履行したことにならない旨主張して争うので、この点について判断する。

(一)  道交法九八条所定の指定自動車教習所が行う自動車運転教習につき同法施行規則三三条一項が技能教習等の一教習時限を五〇分と定めていることは前記のとおりであり、同条及び道交法九八条、九九条、同法施行令三五条、同法三四条の各規定から推知しうる右一教習時限設定の趣旨並びに前記教習業務運営指針四〇条の規定を総合して考えると、右規定が一単位教習時間中の実指導(技能教習)五〇分間は、指導員に急病その他やむを得ない事情が存在しない限り、一人の指導員によつて結了させることを当然の前提としたものと解することができるし、坪田証人の証言並びに弁論の全趣旨を総合すれば、被告の右のような理解を前提として、原告ら指導員の早退について一時間を単位としてこれを認め、例えば、原告ら指導員が一時間二〇分にわたる団体交渉に参加した結果、二つの単位教習に当れなかつた場合には二時間分の賃金カツトをしているなど賃金は原則として時間単位で計算しているが、例外として、あらかじめ届出のあつた遅刻については、例えばB勤務に振替えるなどの方法をとり、無届遅刻の場合は、遅刻二時間までは日給の四分の一、二時間をこえる場合にあつては日給の二分の一のそれぞれ減給処分をする定めとなつているため特に賃金カツトをせず、指導員の急病によつて教習中断があつた場合には恩恵として賃金カツトをしていないこと、以上の事実が認められる。そして、本件ミニ・ストの場合はともかくとして、従来被告の右の取扱いについて府中教習所労組ないし原告らと被告間において問題とされたと認めるに足る証拠もないし、他に右認定を左右するに足る証拠もない。以上の事実に基づいて考えると、本件雇用契約において定められた原告らの債務は、原告らが主張するように、原告らが単に前記の教習ダイヤの定めるところに従い労務を提供しただけでは足りず、更に右教習ダイヤの単位教習、就中最小限度各単位教習中の実指導五〇分間を一人の指導員によつて完結させることを要件とするものであつたと認めるのが相当である。なお、ストライキによつて教習が中断された場合、教習業務運営指針四〇条の定めるところに従い補足教習が可能であることは前判示のとおりであるが、同条の定めるところは、道交法施行規則三三条一項所定の一時限の教習が中断されることによつて生ずる教習生の不利益を例外として救済することを目的とするものであることは、同条の文理によつて明らかであるから、この規定の存在することが右のように本件雇用契約の内容を認定するうえでの妨げとなるものではないし、また、雇用契約ないし労働契約の本質が契約によつて他人の労務を利用することそれ自体であり、この労務の利用それ自体の対価として賃金を支払うことをもつて契約の内容とするものであることはいうをまたないところであるが、契約の締結に当り、労働者が単に使用者の労務指揮権に従つて労務の提供をしたのみでは足らず、その状態を限られた時間内において継続することを契約の要件として加えることも、それが例えば労基法五条その他の強行法規又は民法九〇条に違反するなどのことがない限り、契約当事者の自由になしうるのが原則であつて、そのことによつて生ずる労働者の不利益は、集団的労働関係において回復されるべきものとするのが法の建前であり、右の強行法規違反等の事実の認められない前記認定の本件雇用契約は有効といわざるを得ない。

(二)  そうして見ると、被告が本件ミニ・ストの行われた単位教習時間につき、右ストライキによりその単位教習時間全体につき本件契約の定めるところに従つた債務の履行がなされなかつたものとして原告らの賃金を計算したのは相当というほかない。

四  (原告らが請求権を有しない賃金額)

原告らの一時間当りの賃金及び原告らの本件ミニ・スト参加一回につき一時間の勤務の欠落があつたものとして、その時間分の賃金を計算した金額が、それぞれ別表(二)の1中「被告の主張」欄記載のとおりであり、原告らの「一時間当りの賃金」の明細が別表(二)の2記載のとおりであることは、当事者間に争いがないところであるが、その成立に争いがない乙第六号証、坪田証人の証言及び遠藤本人尋問の結果を総合すれば、右の諸手当中の交通手当及び家族手当が労働の対価としての意味を有しないものであることは明らかであるから、原告らは、前記の勤務の欠落にかかわらず、別表(三)中の「カツト額」欄記載の手当を請求しうる権利があるというべきである。

五  (結び)

よつて原告らの本訴請求は、原告らが被告に対し、それぞれ別表(三)中の「カツト額」欄記載額の金員の支払を求める限度において理由があるから正当として認容し、その余の請求を失当として棄却し、民訴法九二条、一九六条の各規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 原島克己 福井厚士 仲宗根一郎)

(別紙、別表省略)

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